1 マタイ 24:3 第三段

ギリシャ語本文(ウェストコット・ホート本文による)
英文(王国逐語訳)
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英文
新世界訳聖書
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日本語訳
新世界訳聖書
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新改訳聖書
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 ギリシャ語の"παρουσια"パルーシアは、@"そこにいること""臨在"という「現在の状態」を示す意味と、A"到着"とか"到来"とか”再臨”とかの「将来の行為」の意味とがあります。ピリピ2:12など前者の意味で使う場合もありますが、キリストについての多くの箇所では後者の意味で用いられています。マタイのこの箇所は、"臨在"としたのでは意味が通りません。「再臨」という将来の時点の行為としてとらえるときにのみ、意味が通り、また、ほかの聖句(マタイ24:27、30 、使徒1:11、第一コリント15:23、ピリピ3:20、第一テサロニケ4:1など)の状況説明ともうまく適合します。さらに、マルコやルカ関連箇所では、紛れの余地のないことば"ερχομαι"エルコマイ("来る"の意味)が用いられています。ですから、ここでは"臨在"ではなく"到来"とか"来臨"の意に訳すべきであります。  ものみの塔の創始者C・T・ラッセルも初めは"臨在"でなく目に見える"再臨"を強調していました。しかし、後継者たちの時代になって、"臨在"と言う言葉と概念へと変更されました。それは実現しない終末預言に逃げ道を用意するためのものでしょう。自分たちの教理のつじつま合わせのために言葉の意味を変えるとは困りものですね。

 またαιωνという単語は、世代とかこの世、現世、長い時、永遠、世界とかを意味します。これを新世界訳(英文・中欄)では、the system of things と訳していますが、正しい訳とは思われません。また、新世界訳(日本語・右欄)では"事物の体制"と言う甚だ聞き慣れない、固苦しい言葉を当てています。しかし、この訳語は新世界聖書独自のもので、ほかの訳にもありませんし、一般にも使われない新造語です。そもそも原語からそのように訳すのは大変無理があります。〔なお、この訳語は、新世界訳でほかに何度も出てきます。〕
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